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書籍『クレオパトラⅦの追憶』(デジタル版&アプリ版、発売中!)は、
2000年の時空を超える女と男の心理を丁寧に読み解き、
歴史の真実をあぶり出す、洗練された高貴で華麗な愛の物語。

クレオパトラⅦを追って、UPされたのが
『YOGA COSMIC SYSTEM 0・1の彼方へ 能力覚醒独習法』と
『般若心経&YOGA 四苦・八苦の彼岸へ』。
on tour 気分も味わいながら、舞台裏話へのご潜入を!

そしてon tourから、グ~ンとWARPして
YOGAと瞑想のブログ“Open! Mind & Body,”へ!!
2018.03.01

“核”が、驚異を携えてやってくる!?

nuclear.jpg

「核」「核戦争」と言えば、キノコ雲と、広島、長崎市内の
地獄の惨状が目に浮かぶようになっている。
しかし、『核戦争の瀬戸際で』(ウィリアム・J・ペリー著、松谷基和訳/
東京堂出版)の序章「もしワシントンで核テロリズムが起こったら」を読んで、
慄然と、背筋が凍った!

これまで私は、ナント様式化された「核戦争」を想像‐認識していたのだろう! と。
それは、エノラ・ゲイ(Enola Gay)と呼ばれたB-29爆撃機に搭載された
“little boy”と呼ばれた原子爆弾の名を知った時に、
長崎や広島の惨状と、その“little boy”という軽くかわいい名称が、
どうにもつながらなかった、そこまで遡る。

633px-B-29_in_flight.jpg

上記の序章で、「核爆弾」とは、粗製な核爆弾なら、商業用遠心分離施設で濃縮された
ウランを使って、いとも簡単に作れて、木箱に入れて運べる
、といっているのだ!
サイエンス分野の取材をしていると、日常使い回されている機器を
ちょっといじくって、ハイテクに利用している場にしばしば出会う。
しかし、核爆弾が木箱に詰められて、普通のトラックで運べるとは!
それは確かに、“little boy”と呼ばれるにふさわしい。

だいぶ前のことだが関越自動車道で、核燃料らしきモノを積載した
トラック車列に出会ったことがある。護衛車両に囲まれて、粛々と走る。
それが「核燃料らしきモノ」と推測できたのは、
沿道に集合した人々のプラカードの「原発反対!」の文字である。
そのトラック車列の重量と緊張度には、ノホホンとしていた周囲の車を
圧倒する、トンデモナイ圧力があった。その緊迫した圧力は、
プラカードが目に止まる前に、“核燃料”を予測させていた。
この経験をもつ朝比奈は、木箱に入れて運べる“little baby”に息が詰まったのだ。

ギリシャ、ローマ、それ以前の中近東・インド・中国から
脈々と続く戦争の歴史を見ると、「戦争」というものが、どこか
日本民族の本質的感性と違う、ということに気づかざるを得ない。
それは、Gameという言葉の認識とも共通する感性ではないか?
そしてその感性は、数学的発想に遡れるように思う。
「八紘一宇」(はっこういちう)とか「一億玉砕」という発想と、根本的に異なる。
この違いは、なんだろう?
日本の「和算」は、「数学」と本質的に、発想が異なる。
和算は優れた「算術」であるが、原子や素粒子modelを導き出す数式はかけない。
この、本質的な違いは何だろう? 頭脳の、どんな働き方? System?
その、本質的な違いが、「恒久平和」への途にも関わってくるのではないか?


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