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書籍『クレオパトラⅦの追憶』(デジタル版&アプリ版、発売中!)は、
2000年の時空を超える女と男の心理を丁寧に読み解き、
歴史の真実をあぶり出す、洗練された高貴で華麗な愛の物語。

クレオパトラⅦを追って、UPされたのが
『YOGA COSMIC SYSTEM 0・1の彼方へ 能力覚醒独習法』と
『般若心経&YOGA 四苦・八苦の彼岸へ』。
on tour 気分も味わいながら、舞台裏話へのご潜入を!

そしてon tourから、グ~ンとWARPして
YOGAと瞑想のブログ“Open! Mind & Body,”へ!!
2018.01.16

徘徊老人の脳内は、こうなっている?

現在地へ引っ越して、3カ月になる。
このところ、お天気がよく、余裕のあるときには、散歩がてら
退社する相棒Sを、徒歩10分ほどの大通りまで送ることにしている。
これまで、大通りからすぐ、単純に自宅や事務所へ移動できた朝比奈にとって、
細く入り組んだ、ちょっと複雑な、住宅街の道は「困ったもんだ」である。

学生時代に地学研究室に出入りし、国土地理院の5万分の1地形図をもとに、
さまざま研究用途に合わせた地図を作り出す手伝いをした。
航空写真を立体視眼鏡で見ながら、処理したこともある。
コンピュータ上で何でもできちゃう現代からすれば、懐かしい手法である。
その後、この地図作成能力は、旅行ガイドブックの編集に大いに活躍。
ということで、朝比奈は「地図の読めない女」ではなく、
職業レベルで、活用できる女であった。

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Tokyo, by Eric Fischer

ところが、引っ越してから、まったく???になってしまった!
もっとも単純で、徒歩3分という大通りに面した地下鉄の入り口と、
その前の通りをまっすぐ、自転車で坂を下れば、旧居に着くということ以外、
まったく行動不能になってしまった。そしてその、
坂道をまっすぐ下ることすら、途中で3度は自転車を下り、
目的地とアプローチの地図を、頭の中で照合しながら、OKと了承し、
また、自転車で走ったのである。トホホホ。
わずか2.5 ㎞ほどの単純な経路である。
これは認知症なのか? と、背筋が冷えた。しかし、
問題は目的地へ到達し、用事をミスなく、自分で書いたチャートどおりに、
実行してくることである。
この「自身の脳の認知症化」恐怖感から脱出するために、オリエンテーリング訓練、
つまり、相棒Sを徒歩10分ほどの大通りまで送っていく散歩を始めたのだ。

Sのガイドとともに、雑談をしながら歩く。
夕暮れの住宅街の小路(造成された地形ではなく、昔のままの、
やたら入り組み、Up・Downの多い、そして道幅も一定でなく、目印の柿の木などは、
実がなくなり、葉が落ちてしまうと……という具合いの)を歩くのだ。
引っ越し後、Sが経路や目印をマーキングしてくれた、Google mapのカラー出力紙。
それは自宅に置いておき、出かける前と帰宅後に眺める。
驚いたことに! 地図がよそよそしいのだ。

仕事で地図を使い回していたころには、
紙とか画面の地図を見ると、風景がリアル(3次元)に立ち上がってきた。
その風景が、車であり徒歩(山歩きなど)であり、自身の動きとともに、
つまり+時間経過とともに、刻々と展開(4次元)していった。
それが、ナント!
紙の上の情報(記載)は、よそよそしい絵にすぎないのだ!
脳内の、「絵」が「リアル」に変換される機能がブッコワレてしまったのだ!
ああ、無情! これが、認知症(つまり認知障害)なのだ!

????しかし、と朝比奈は、論理回路を使って考えてみた。これは、
認知状況・機能の問題ではなく、認知情報を組み立てる領域の問題ではないのか?
ふと、朝比奈のアタマの中に、
「脳は詐欺師、お話屋である」という、言葉が浮かんだ。
意識の流れはトビトビだ。そのスキマに、お好み情報がどんどん挿入され、
意識の流れと称する「お話」を作っている。だから、
住宅街の風景、たとえばおいしそうな柿の実を見たとき、
子供のころの、近所の情景記憶が滑り込むのは大いにあることだ。
記憶情報は混じり合い、埋もれていた、脳が若かったころのヴィヴィッドな記憶が、
優先的に入り込む。すると、時・空は入り混じり、認識と行動指令は、
いつの間にかヴィヴィッドな記憶に支配され、
その記憶の風景の中を歩きだす。つまり目的地がモヤモヤなのだから、徘徊。

どうすれば、いいだろう?
1)現実認識のリアル感を、鋭敏にそして強烈にする訓練をしたらどうか?
2)過去情報との混じりあいを、ジャッジする。つまり、過去情報を使用する時は、
 強い意識をもって、現在と過去の峻別を行うように訓練する。

★上記を実行するにあたっては、映像やナレーションが垂れ流しになっているような
 TV番組を、無自覚に見流すという習慣を、つくらないことだろう。

★「何とかの意見とか表明」に関して、必ず立ち止まり、自身の見解をつくる、つまり、
 過去のさまざまな情報を呼び出し、整理・検討する脳作業をコマメにヤルことでは?
 と、思う。いかが、なものだろう?


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