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書籍『クレオパトラⅦの追憶』(デジタル版&アプリ版、発売中!)は、
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on tour 気分も味わいながら、舞台裏話へのご潜入を!

そしてon tourから、グ~ンとWARPして
YOGAと瞑想のブログ“Open! Mind & Body,”へ!!
2017.07.11

迷走する“瞑想”の本当と実際

7月9日日曜(2017)の朝日新聞で「ひもとく マインドフルネス瞑想」と
題した、記事が目を引いた。図書紹介の企画なのかも知れない。が、
日本マインドフルネス学会というものがあり、
同記事の筆者が、その理事長でもあるということに驚いた。
そしてもっと驚いたのは、『仏教瞑想論』という書籍を紹介していることだ。
読んでみる前に、言うべきでないことは重々承知だが、
紹介者は、瞑想の本家はYOGAであるということを、ご存じないのだろうか。
もっとも、日本のヨガがオカルトか美容・健康法になっているのだから、
仕方がないのかも知れない。困ったもんだ!

同紙の記事を引用すれば「マインドフルネス瞑想は仏教の瞑想法を源とするが、
宗教とは一線を画し、科学的なエビデンス(証拠)に基づいて展開されている。」と。
ここで「仏教の瞑想法」という表現は、どのような内容を指すのだろうか。
そこで宗教学者の著書『仏教瞑想論』を紹介し、「マインドフルネス瞑想をはじめ、
止観を中核とする瞑想法を……」と続く。
日本仏教の瞑想法は大きく、天台の摩訶止観と真言の阿字観・月輪観、
そして座禅が加わる。

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Photo by rkramer62

ここでポイントとなるのは、いずれも当然、“方法論”であるということ。
方法・技術、そのシステムこそ、重要である!

朝比奈の暴言をお許しいただければ、上記の“方法論”には、
実は、方法・技術とシステムの裏付けがほとんどない、のである。
だから修行はマグレ当たり的、したがってやたらタイヘンで、
秘密のヴェールに包まざるを得なく、つまり科学的なエヴィデンスが取られず、
また、その秘匿性が「天才・超能力者・偉大」というような
価値を生み出すという循環を創り出してきたのではないだろうか。
何より、日本的かつ宗教的な方法である。

瞑想の本家はYOGAである!
たしかに瑜伽唯識派(ユガゆいしきは)は、釈迦没後の仏教の一派になっている。
しかし、大いに注意したいのは、本場インド、古代の修行者たちは、
理論を実験・実践し、エヴィデンスを集積し、システム化していくという、
しつこいほどサイエンティフィックな習性をもっていた。
インド・アーリアンの感性、思考の根本的概念は、
日本民族のそれとは、大いに、決定的にと言ってもいいほど違うところが多いのだ。
その文化人類学的な枠組みに載せて、意識構造を勘案する必要があるだろう。
日本仏教の感覚をもって、Buddhismを認識することの危うさである。

古代のインド・アーリアンは、瞑想についても極めてサイエンティフィック。
インドYOGAの古典に、背骨の中を走るスシュムナーという管があり、
この中を上昇するエネルギーが、頭頂に達すると、さまざまな光を放つ云々、
というのがある。今日、背骨の中をNEURONのバイパスが走っていることは、
一般に知られるところだ。度々このブログで述べているが、
YOGA技法の中核は、背骨の圧迫と解放。
つまりNEURONのインパルスを、積極的につくりだすことだ。
これが、脳にどのような影響を与えるか、言うまでもないだろう。

そして瞑想によって、脳内の情報システムの情報状況をデフォルトする。
つまり、固定概念・観念から解き放たれ、発想は自在になっていく。
そもそもウツ(depression)は、脳内が自由・活発な楽しい状況にないことから
落ち込んでいく現象なのではないだろうか?
だから瞑想は、不安だの抑ウツに効くわけだ。そして発想が自在なら、
次々と新しいパートナーを見つけてネットワークを作っていくから、
都合の悪いストレスは、どんどん見切りを付けられていくのである。


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