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書籍『クレオパトラⅦの追憶』(デジタル版&アプリ版、発売中!)は、
2000年の時空を超える女と男の心理を丁寧に読み解き、
歴史の真実をあぶり出す、洗練された高貴で華麗な愛の物語。

クレオパトラⅦを追って、UPされたのが
『YOGA COSMIC SYSTEM 0・1の彼方へ 能力覚醒独習法』と
『般若心経&YOGA 四苦・八苦の彼岸へ』。
on tour 気分も味わいながら、舞台裏話へのご潜入を!

そしてon tourから、グ~ンとWARPして
YOGAと瞑想のブログ“Open! Mind & Body,”へ!!
2018.01.30

体重と脳の関係

南麻布の舗道を歩いている時に、ヒョロヒョロに痩せた若い女性が
超高のハイヒールを履いて、ヨロヨロ歩いているのを、よく見かけた。
先日の徘徊老人の脳の話(→コチラ)と、
朝比奈の体重が引っ越しで7.5㎏ 減ったコトが、つながった。
話の経路を逆にすると、
体重の極度の減少 → 脳のオリエンテーリング能力の低下
ということが、考えられる。実際、短時間ケースでみても、
お腹が減ると、思考力が鈍る。脳はゼイタクなのだ!

とすれば、超スレンダーな肢体を保つために、ダイエット&ダイエットという生活 →
バカになる、という結論になる!?
つまり、当初は思考力が鈍るという一過性の症状にすぎないのが、
思考しない状態が日常的になると、思考力がだんだん → 極度に 低下して、
ロクな考えが浮かばないようになる、ハズだ。
だって、贅沢な脳にエサをやらないのだから。ということで、
客観的な判断能力が低下し、ただただ痩せていれば美人! と思い込む。
モディリアーニの彫刻とか、肺病が全盛を極めたころの、竹久夢二の美人画とか。
ルノワールなんてのは、「豊満の美」を追求したけど、ちょっと太め過ぎ?

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Photo by Antonio Campoy Ederra

それはともかく、本筋ではない。本筋は、体重が極度に減ると、
ホルモン・バランスが崩れ、さまざまなモンダイが起こる。
集中力・持続力・粘りなどというのは、真っ先に落ちる。
高度な脳作業をたんたんと継続するには、集中力・持続力・粘りなどが不可欠だ。
そして重要なマイナス要件は、さまざまな免疫力の低下である。

にもかかわらず、なぜ、若い女性は「痩せればいい」と、考えるのだろうか?
YOGA屋の朝比奈は、体質によるかなりの痩せ型を除けば、
ビョーキであると思う。何らかの疾患が隠れているか、
極度に痩せていさえすれば美しい、という審美感をもった
脳の偏向性によるものでは?

そして、悲しいかな、憐れを催させるのは、後者である。
“その思い込み”は、どのような論理に導かれ、先々のシミュレーションはいかに? と。
脳は、ニューロン・ネットワークが何層にも稠密に張り巡らされ、
したがって消費エネルギーが高く、贅沢環境でないと、いいシゴトができない。
贅沢環境とは、まずタンパク質、糖分はもとより多彩なビタミンやミネラル群……。
たしかに「白痴美」という「美」があり、言葉もあるけれど、
現代社会で、自律的に生きていくには、難しいかも……?
そのような「美」が、なんでモテハヤサレルの?
そう、成り立ちえないコトだから、何らかの希少価値なのかなぁ?

そうそう、数日来アタマの働きがよくなってきたから、
体重を測ってみた。1.5㎏ 増である。ふむふむ、こんなもんだろう。


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2018.01.16

徘徊老人の脳内は、こうなっている?

現在地へ引っ越して、3カ月になる。
このところ、お天気がよく、余裕のあるときには、散歩がてら
退社する相棒Sを、徒歩10分ほどの大通りまで送ることにしている。
これまで、大通りからすぐ、単純に自宅や事務所へ移動できた朝比奈にとって、
細く入り組んだ、ちょっと複雑な、住宅街の道は「困ったもんだ」である。

学生時代に地学研究室に出入りし、国土地理院の5万分の1地形図をもとに、
さまざま研究用途に合わせた地図を作り出す手伝いをした。
航空写真を立体視眼鏡で見ながら、処理したこともある。
コンピュータ上で何でもできちゃう現代からすれば、懐かしい手法である。
その後、この地図作成能力は、旅行ガイドブックの編集に大いに活躍。
ということで、朝比奈は「地図の読めない女」ではなく、
職業レベルで、活用できる女であった。

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Tokyo, by Eric Fischer

ところが、引っ越してから、まったく???になってしまった!
もっとも単純で、徒歩3分という大通りに面した地下鉄の入り口と、
その前の通りをまっすぐ、自転車で坂を下れば、旧居に着くということ以外、
まったく行動不能になってしまった。そしてその、
坂道をまっすぐ下ることすら、途中で3度は自転車を下り、
目的地とアプローチの地図を、頭の中で照合しながら、OKと了承し、
また、自転車で走ったのである。トホホホ。
わずか2.5 ㎞ほどの単純な経路である。
これは認知症なのか? と、背筋が冷えた。しかし、
問題は目的地へ到達し、用事をミスなく、自分で書いたチャートどおりに、
実行してくることである。
この「自身の脳の認知症化」恐怖感から脱出するために、オリエンテーリング訓練、
つまり、相棒Sを徒歩10分ほどの大通りまで送っていく散歩を始めたのだ。

Sのガイドとともに、雑談をしながら歩く。
夕暮れの住宅街の小路(造成された地形ではなく、昔のままの、
やたら入り組み、Up・Downの多い、そして道幅も一定でなく、目印の柿の木などは、
実がなくなり、葉が落ちてしまうと……という具合いの)を歩くのだ。
引っ越し後、Sが経路や目印をマーキングしてくれた、Google mapのカラー出力紙。
それは自宅に置いておき、出かける前と帰宅後に眺める。
驚いたことに! 地図がよそよそしいのだ。

仕事で地図を使い回していたころには、
紙とか画面の地図を見ると、風景がリアル(3次元)に立ち上がってきた。
その風景が、車であり徒歩(山歩きなど)であり、自身の動きとともに、
つまり+時間経過とともに、刻々と展開(4次元)していった。
それが、ナント!
紙の上の情報(記載)は、よそよそしい絵にすぎないのだ!
脳内の、「絵」が「リアル」に変換される機能がブッコワレてしまったのだ!
ああ、無情! これが、認知症(つまり認知障害)なのだ!

????しかし、と朝比奈は、論理回路を使って考えてみた。これは、
認知状況・機能の問題ではなく、認知情報を組み立てる領域の問題ではないのか?
ふと、朝比奈のアタマの中に、
「脳は詐欺師、お話屋である」という、言葉が浮かんだ。
意識の流れはトビトビだ。そのスキマに、お好み情報がどんどん挿入され、
意識の流れと称する「お話」を作っている。だから、
住宅街の風景、たとえばおいしそうな柿の実を見たとき、
子供のころの、近所の情景記憶が滑り込むのは大いにあることだ。
記憶情報は混じり合い、埋もれていた、脳が若かったころのヴィヴィッドな記憶が、
優先的に入り込む。すると、時・空は入り混じり、認識と行動指令は、
いつの間にかヴィヴィッドな記憶に支配され、
その記憶の風景の中を歩きだす。つまり目的地がモヤモヤなのだから、徘徊。

どうすれば、いいだろう?
1)現実認識のリアル感を、鋭敏にそして強烈にする訓練をしたらどうか?
2)過去情報との混じりあいを、ジャッジする。つまり、過去情報を使用する時は、
 強い意識をもって、現在と過去の峻別を行うように訓練する。

★上記を実行するにあたっては、映像やナレーションが垂れ流しになっているような
 TV番組を、無自覚に見流すという習慣を、つくらないことだろう。

★「何とかの意見とか表明」に関して、必ず立ち止まり、自身の見解をつくる、つまり、
 過去のさまざまな情報を呼び出し、整理・検討する脳作業をコマメにヤルことでは?
 と、思う。いかが、なものだろう?


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2017.12.25

NEURONハッスルこそ、認知症予防・抑制なのだ!

「ああ、美しく暮れなずんでますねぇ」と、見とれる朝比奈。
遠くに佇むビル群を包む夕空の、刻々と交じり合い、ヴィヴィッドに滲み合う、
無数の微妙な色のダイナミックスに目を輝かす、相棒のS。
耳には、というか皮膚には、VOSE君の発する振動。

なんで、高齢者の認知症予防や抑制に、“うさぎ追いし……”とか、
“赤トンボ”なんかを聞かせるんだろう? 聞かせるのは勝手だけど、
それが認知症の予防や抑制に、どれほど、どのような効果がある、というのだろう?
「音楽のリズムやメロディー、懐かしさなんかが、いいんじゃないですか?」
「そりゃ、多少はいいでしょう。私も、そう思う。けど、
 なんで聴覚NEURON、そして全身の皮膚に展開しているNEURONに、
 ダイレクトにアタックすることを考えないんだろう? 圧倒的に数が多いじゃん。
 それに、NEURON直撃なら、ロスなく脳のNEURONをハッスルさせられる」
????

「つまりね、このVOSE君は、音波を出してないの。出しているのは電磁波。
 NEURONがCatch するのは電磁波振動で、音波じゃないわけ。つまり、
 変換過程をスキップしちゃう、効率がいいでしょ。合理的じゃない?」
「でも、それと高齢者の認知症予防・抑制と、どう結び付くんでしょう?」
「まずは、体験的直感! というのは、どうも気分がDown気味にシフトしてるなぁ、
 って感じたとき、SavatageのCDをVOSE君に入れる。
 すると、グングンUP系にシフトしてくる、気分がね。もちろんクラシックも効くよ、
 でも、比較にならないほどすごい。
 VOSE君 + Savaのカップリングは、なぜ、こうも効くのか? って、
 いろんな音源でテストしながら、データを取ってみた、私なりに、だけど」

savatage.jpg

「で、いいデータが取れました?」
「データの種類ね、ポイントは。つまり、
 電子音源をどのくらい、どのように使うか、ソコね」
「電子音源?」
「そう、アコースティックでなく。たぶん、NEURONは電気屋さんだから、
 いわゆる天然音源の音波より、電子音源の電磁波の方が、好みなんじゃないか? と」
「なるほど。でも、それで心地よくなる?」
「その、“心地よい”という感性とか、心情とかいうようなところじゃなく、
 単純に、神経細胞NEORONがハッスルする、元気に活躍する、というレベル。
 でも気分の落ち込み=depression という状態に“ああだこうだ”と
 原因を述べるのは、どうもアトヅケ、コジツケじゃないか? と。
 つまりNEORONがハッスルしてればHigh!」

「それで、NEORONたちに電磁波を浴びせれば、ハッスルする、と?」
「そうそう。だから、オジイちゃん・オバアちゃんにも、
 うさぎ追いし♪ でなく、Progress Rock をバンバン聞かせろ! と。
 それで、踊る、全身的に筋肉・神経を使う。
 カッコイイと思うよ、見た目はともかく神経的には」
「? それ、朝比奈さんにしか、合わないんじゃないですか?」
「そうね、続けてみる。ゼッタイ、これはイケル、いいDATA取れる自信ある」


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2017.12.19

孤独とは何か? 絶望とは何か?

オレンジ色と紫がかったブルーの交じり合った、
速い動きの冬空を目に、カーテンを引きながら、
ふと、孤独とは何か? 絶望とは何か? という想念が去来した。
そしてふと、「孤独も、絶望も、何の原因も意味もないのではないか?」
という意識が流れた。???
つまりそれは、「脳の、あるモードなのではないか?」と。

よく、孤独や絶望に「落ち込む」と表現される。
この場合の「落ち込む」は、落ち込みつつある状況より、
落ち込んでしまった、状態を指すのではないか?
英語のdepressionは、落ち込んでいく状況のような感じだ。
いずれにせよポイントは、気持ちが?「落ち込む」という状況であって、
孤独や絶望というレッテルは、脳が、たまたま便宜上ハリツケル
「言い訳」なのではないか? と思う。
そしてヒトの脳は、なにかと言い訳をし、レッテルを貼る傾向にあるみたい。
なぜ、だろう? たぶん、脳自身を納得させやすいから、ではない?

そこで晩秋・初冬の夕暮れ。脳に、何らかのdepression、つまり
後退状況が起こると、“淋しい”とか“侘しい”という感覚・感情が、
ふわふわと立ち上ってくる。
このdepressionの原因、引き金は何か? まさか、孤独とか絶望なんぞの、
ハデハデしいコジツケが、はなから顔を出すわけではないだろう。
何だろう? 脳にこんなシゴトを言いつけるのは?
ふと、期日リズム? つまり、
ホルモンなどの情報指令が、ある条件設定された閾値に達すと、
自動的にあるモードになるのでは? と、脳が意見を述べる。

こんなふうに考えを巡らせているうちに、窓外は、点滅する遠くのビルの
赤い(飛行機除け?)光だけが目立つようになっていた。
そして、結論に導かれた。
つまり、“淋しい”とか“侘しい”という感覚・感情、まして、
孤独感とか絶望感などという、複雑な情報構築の必要な感覚や感情は、
とてもメンドーな作業なのだ、脳にとっては。

こんなメンドーな作業をヤル脳は、どんな優秀な脳なのだろうか?
ヤッパ、自殺したりする若者の、活力のある、回路がシンプルで、
したがって判断までのスピードが速い脳でないと……、
でも、高齢者の自殺は? うーん、脳に持久力がなくなって、
情報処理をスキップして、短絡。
つまり、判断・決定までのスピードは、速いんじゃない?

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Photo by ohefin


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2017.07.26

脳は深化し、進化する。いくつになっても!

海の日の朝。ひと粒の涙が、目尻から頬を伝った。
やがて、両目からあふれた涙で、頬も膝も濡れた。
「ありがとう!」こんなにうれしいことが、かつてあっただろうか。

前日、なんとなく気付いていた。それが、ヴィヴィッドに立ち現れた。
“私”の気付かないところで、わたしの“脳”は、シコシコと、
律儀に、仕事をしてくれていたのだ!
前回のブログ(→コチラ)で、
“思考の三角測量”ができるようになったことを述べた。
これに続く深い感動、“脳は深化し、進化する。いくつになっても!”である。

それは、「これは何だ!」という軽い驚きから始まった。
『レヴィ=ストロースと音楽』(ジャン=ジャック・ナティエ著、
添田里子訳/アルテスパブリッシング)の再読である。
2014年の秋だったか、渋谷のBunkamuraへ、ピアニスト、アルゲリッチの生活を、
彼女の娘がつづった映画を観に行ったときに購入。
読み始めたが、どうもしっくり理解できなくて挫折し、そのままになっていた。
先日『イスラーム哲学の原像』を再読した勢いに乗って、
部屋の片隅の箱に入っていた同書に、手が伸びたのである。

ナント! さくさくと脳にしみこみ、歓喜を呼び起こすではないか!
3年前と今、「私の脳は、何が、どのように違ったのだろう?」
記憶を丁寧にたどれば、メルロ=ポンティで構造主義を仕入れたことに思い当たる。
メルロ=ポンティとレヴィ=ストロースは、お友達なのである。
つまり、『悲しき熱帯』などで知った、レヴィ=ストロースの“仕事内容”の
向こう側にある、アタマの構造が理解できた、ということなのだろう。
またしても、構造主義という考え方に、頭が下がった。
ジャン=ジャック・ナティエは、レヴィ=ストロースが追究していた、
「音楽という言語」に、深く食い入っていく。
音楽は、言語と並び立つ思考方法でもあるのだ!

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Claude Lévi-Strauss

ほっぽらかされたまま、3年の間、私の脳は、律儀に仕事をしてくれていた。
脳の高次機能。組んだ両手をオデコに当て、深々と感謝を捧げた。
そして、ふと池谷先生の言葉が浮かんだ。
「脳の中で情報の選別を担当している“海馬”の神経細胞は成人を超えても増える
そして「たったひとつの海馬の神経細胞でも、数万のシナプスをもっています。」と。
『海馬』脳は疲れない(池谷裕二・糸井重里著、新潮文庫)

たしかに朝比奈は、この2年間で、自分の脳が、それまでの人生で経験してきた、
数倍の領域の情報を処理していることに気づいていた。
そしてつくづく、高齢者型認知症とは、
自己責任であり、自己の絶えざる脳教育の結果にほかならない
、と確信。
「これが、脳に対する認知症教育の実態なのだ!」と直感して、脳の使い方を逆にした
あの時の、貴重な経験をまた、感動も新たに噛みしめたのである。


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