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書籍『クレオパトラⅦの追憶』(デジタル版&アプリ版、発売中!)は、
2000年の時空を超える女と男の心理を丁寧に読み解き、
歴史の真実をあぶり出す、洗練された高貴で華麗な愛の物語。

クレオパトラⅦを追って、UPされたのが
『YOGA COSMIC SYSTEM 0・1の彼方へ 能力覚醒独習法』と
『般若心経&YOGA 四苦・八苦の彼岸へ』。
on tour 気分も味わいながら、舞台裏話へのご潜入を!

そしてon tourから、グ~ンとWARPして
YOGAと瞑想のブログ“Open! Mind & Body,”へ!!
2019.03.19

ステキな言葉:感性の言葉&論理の言葉

文章、「TEXT」を読むというのは、素晴らしいことだ!
Jacques Derrida(ジャック・デリダ)は、「TEXTだけが真実だ」と述べている。

これは、本当に、本当のことだ、とつくづく思う。
つまり、ヒトのアタマが、何事かを表現しようとするとき、
アタマは、とても大変な作業を強いられる。
「ああでもない、コウでもない」という、その難しさは、大きく2つに分かれる。
1つは、自分自身のアタマの中で、その内容を、どのように理解し、
さまざまな意味内容をもつ言葉の、意味内容のうちのどれが、
表現しようとしているコトに、うまくfitするかを、選び出さなければならない。
これだけでも、容易なことではない! しかし、もっと大変なコトは、
表現者が、できるだけ正確・厳密に伝えようとすればするほど、
受け手の門戸は、どんどん狭まってくる、という現象にブチ当たってしまう!?

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Photo by San Diego Air &
Space Museum Archives

これは、メガネとルーペ、顕微鏡(光学顕微鏡&電子顕微鏡)の関係に似ている。
簡単に言えば、表現者が“どの領域”を“どのくらいの精度”で言えばいいのか?
という問題だ。もちろん、簡単&明瞭に越したことはない!
しかし、コトと次第で、簡単&明瞭にいかないコトや次第が、
近年は、少なくないのだ。世は情報時代なのである!
だから「そう、簡単には説明・表現できない」ということも、
ある程度、やさしく丁寧に話すと、途中で、明らかに
シチメンドーだ! とばかり、嫌な顔をされる。ここで、重要なコトに気付いた!
“すべて、発信側の責任で、受信側の落ち度はナイ!”ということである。

本当に、そうだろうか?
「そう粗っぽく、言ってしまっては元も子ない!」ということもしばしばである。
だから、できるだけ丁寧に易しく、精確に伝える努力をしていると、
「押し付けがましい・コウルサイ・ヒトをバカニシテ」などという反感を買ってしまう。
しかし、とても淋しいことに思えてしまうのは、どうやら朝比奈ばかりではないようだ?

ある時、福祉関係の営業を行う人が訪ねてきた。玄関内での立ち話だが、
1時間近くに及び、当方の提案を含め、双方とも納得のいく話し合いであった。
その営業女性は、とても喜んでくれた。?
「ほとんどの方が、用ない人・敵対者というような姿勢をとって、話を聞いてくれない」
と言うのである。朝比奈は答えた。
「そういう人々が、振り込めサギに騙されるのでは?」と。
「なるほど! でも、なぜ“キチンとした話し合い”が、理解されないのでしょう?」
「身内ならキチンとした話し合いは不要、“オレ”なら名前が無くても
 OKという、日本の親族的・島国的文化風土では? 
 だから、私のような人は理屈っぽいと嫌がられる」
2人で、笑い合ってしまった!


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2019.01.11

文章を書くには、“おでん原理”がおいしい!

なんだかんだ言っても朝比奈の商売は、煎じ詰めれば、
脳クンの“お勝手遊び”なのかも知れない。
けっこう一般的に、「文章を書いて出してください」ということになると、
行動・言動? の働きがslow downしてしまうみたい、そう見える。
「脳クンの“お勝手遊び”」に任せておけば、そんなことはナイはずなのだが。
内容はともかく、ナンダカンダ、ウダウダ、グチャグチャ、
脳クンがテキトーにくっちゃべり出す、それでイイノダ!
それを「うんうん、ふむふむ」と、素直に書き(打ち)留めればいい。
こんな簡単なことが、なぜ敬遠されるのだろう?

ウダウダ、グチャグチャ“脳クンの言い分”に耳を傾けていたら、
オモロイコトがわかった!
脳クン曰く。「みんな、ドウイウワケか、ボクの言うことを却下するんだよ」
「えっ! 却下? どんな風に?」
「うまく書こうとか、どう書いたら恥ずかしくないかとか、うーん、そうそう、
 なんか、自分の思ってる・考えていることを、カッコヨク表現しよう、したい、
 そんな感じかなぁ」
「なるほど、それは自然なことだよ。でも、それには日ごろの仕入れとか、訓練とか、
 そういうのが必要だよね」
「ボクら“脳”現場にしてみれば、まずまず用件・要件項目が満たされていて、
 その並びが、相手に伝わりやすようになっていればOKだろう、と思うんだけど」
「その通りだけど? 他に、何が必要?」
「まあ、重要なコトと言えば、自分と相手は、同じ構造じゃない、ということかな?」
「同じ構造じゃない? それ、何の構造?」

「キミの顔と、アノコの顔は、同じじゃない、ずいぶん違うだろ?
 ボクたちの顔を見分けてくれるヒト、意外に少ないんだ。
 それで、ボクたちの黄色い顔と、黒い連中の顔をゴチャマゼにして、
 ナンダカンダと自分勝手な解釈をしたり、情報の並べ方をする。
 だから、それが、実はスゴクいい文章でも、ウマク伝わらない、
 そうじゃないかなぁ」
「そういうの、いい文章って、言える?」
「うん。万人向きじゃないけど、スゴクいい文章というのも、あるよ」
「そうだね、着物なんかでも、スゴイのが博物館なんかに展示されてたり、
 でもアレは、とても不便で着るには無理」
「そうそう、文章でも思考でも同じさ」
「思考?」

「思考。だって、文章は思考内容を言葉の並びでout putしたものだろ?」
「ああ、なるほど、そういえば」
「だから、思考内容をどんどんout put しているうちに文章はウマクなる。ほら、
 鍋の中でかき回すだけだったり、鍋の中に寝かせておくだけだったりすれば、
 いつまでたってもグツグツしてるだけで、そのうちグチャグチャ……」
「とにかく、鍋からつまみ出して、食べちゃおう! 残りが少なくなってきたら……」
「そう! 具を足す必要がある! なんてコトもワカルだろ?」
「そうか、そうか、とにかくつまみ出して食べちゃおう!
 そうすれば、足りない具とか、コレおいしいから、もっと増やそうとか……
 うんうん、コレ“おでん原理?” good!」

ああ、そう言えば、おでんの季節だね。

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Photo by TAKA@P.P.R.S


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2018.08.10

ウラジロのナルシストはキツネ憑き?

朝比奈の仕事場では、「ウラジロ」と呼ばれるモノが大活躍している!
世の中で「リサイクル」などという言葉が流行る、ずっと前からだ。
編集屋の仕事場は、羊たち以上に「紙」を食う。
ワープロを使い→ レーザー・プリンタを使い、
複合機なるものを利用するようになってから、「ああっ!ヤメテ、ヤメテ!」と
叫ぶうちに、スタスタと驚くべき枚数の紙が吐き出されてしまう。
当初の「チースタ、チースタ」と印刷していたプリンタが、
「ダダダダダッ!」と机響きをさせていたころは、驚いたが、まだ余裕があった。
そのうち、音無しの構えでシューッと、とんでもない量を吐き出すようになったのだ。
ああ無情! コピー機カウンターの料金稼ぎか! と恨めしく睨みつける。

そんな大量の「もはや不要になった出力原稿」が、きちんとパックされ、
積み上げられ、出番を待っている。こうしたコピー用紙を、
「ウラジロ」と呼んでいるのだ。
FAX受信用、社内文書や、WikiなどNet情報の出力用に大活躍している。
もちろん最終原稿でない出力は、ウラジロで結構なのだ。
ここは付言しておこう!
知覚と認識の問題で、モニター画面で見たのと、紙に印刷された文字とでは、
印象が大きく異なる。DATA的なものはさほど変わらないが、
漢字仮名まじりの日本語文などでは、文章の呼吸や雰囲気が、
正確に伝わってこないから不思議だ。ということで、編集屋の原稿は出力する。

そうそう、本論へ戻ろう!
さっき打ち込んだ「認知症関連の原稿」のウラジロは……?
脳がグ~ンとワープした。
うん? アレクサンドリア、クレオパトラとカエサルの会話である!
リズミカル、みずみずしくキュート、「いいなあ、ステキだ!」
どうして、こんな美しい文章が書けたんだろう?
何としても不思議だ。キツネが憑いたのかも知れない。
これまた編集屋のパートナーが、よく言っていた。
「ダメだ。またボツ! 早くキツネが来てくれないかなぁ」と。
そして、ふと、また、キツネを呼んでいる。

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Photo by caligula1995


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2018.01.24

翻訳という魔術

朝比奈は、ポール・ヴァレリーという男が好きである。
もちろん会ったこともない、朝比奈が生まれる前年に物故してしまった男を、
どのように好きなのか? と問われれば、そのNEURON システムだ、と。

よく、「作家の文体」という表現が使われるけれど、
編集屋は、複数の作家の文体で、文章を書くことができる。
売れっこ作家などは忙しく、「ちょっと書いておいてくんない?
チェックして、手を入れるから」と、ラフ・スケッチと情報を渡されることがある。
編集者は(ゴースト・ライターでなくとも)、それも仕事の守備範囲なのだ。
だから、作家の文体には日ごろから、少なからざる興味をもって、
収集し、分析し、類型化し……。これは、いうならば他人の脳の、
文章構築のNEURONネットワーク・パターンを、ファイルしておく作業だ。

昨夜、on bed の読書は『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』(ポール・ヴァレリー著、
山田九朗訳/岩波文庫)であった。
??? これは、ヴァレリーの文章?
もちろん、ネタがレオナルド・ダ・ヴィンチのコトだから、
擬古文調で書かれているのかも知れない、と疑ってみる。
そんな時には、「訳者あとがき」へ飛ぶ。そして、訳者個人の文体と照合。
Oh! 山田九朗先生の、自身の意を述べる文体が、訳文とほぼ同様の口調。
とすると、確率は50%。つまり、山田氏がヴァレリー口調を加味して「あとがき」を
書いたのか、はたまた本書全体が、山田氏口調の日本語に訳されたのか?

ヴァレリー文章好きの朝比奈は、彼の文章を、さまざまな訳者の表現で読んでいる。
そもそも、その翻訳表現で、ヴァレリーのセンスが好きになったのだから、
山田九朗訳だと別人の作品? となってしまう。
ああ、言葉とは、翻訳とは、なんと大それた世界なのだろう!

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2017.08.07

言葉はどうなる? コトバへの心配

相棒のSが先日、熱海温泉のホテルへ取材に行った話をした。
夜半にふと、朝比奈の最初の取材の記憶が、蘇った。
その記憶は、寝しなに読んでいた『「ことば」の課外授業』(西江雅之/白水社)に、
誘発されて出てきたものだ。

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朝比奈が、生まれて初めて、「旅行ガイド・ブック」なるものの取材に、
青森へ出かけた時の記憶である。
当時、全ページがフルカラー、全物件が写真入り。
全情報が機能的に網羅され、検索自在で、しかもかなり質の高い“旅行記”入り。
画期的な旅行ガイド・ブックである。取材はどうする?

今日のように、インターネットはもちろん、携帯電話は言うに及ばず、
各県・各地の「観光課」や「観光案内所」などもロクになかった時代である。
参入に遅れた朝比奈の会社には、首都圏・関東近県という、
取材の足回りよく、取材・情報馴れしているエリアは残っていなかった。
そして、「青森から全東北」というエリアが割り当てられたのである。
取材といっても、事前情報・取材先の選定などに対する情報もない。
とりあえず、本州最北の青森へ。「取材アポ」など、別世界の話だ。

地元タウン誌の発行事務所を訪問し、青森・津軽料理の居酒屋を紹介していただいた。
セレクトのポイントは、“津軽三味線”の演奏を聞かせてくれる、ということである。
そこで、すばらしい女性(女将)に出会った。もちろん、
スタイル・ルックス・雰囲気・知性・気さくさ……いずれも最高ランク、
津軽三味線の腕も、当時の最高峰の期待を背負った直弟子である。

彼女の話を聴いているうちに、朝比奈は不思議な感覚の世界を彷徨いはじめた。
うん? ここは、パリの裏通りなの? ……
鼻濁音の美しい津軽弁は、フランス語のようである。
ふと、彼女にそのことをもらすと、
「津軽の冬はしばれるから、話すときに、口を大きく開かない、
温もりが口から逃げてしまうから。
よく、フランス語を聞いているようだ、といわれます。
でも、こんな津軽弁を話す人は、どんどんいなくなっています、
私は、とても好きなんですけれど」と。
これ、すべて津軽弁で話されたのである!
朝比奈を経由すると、味も素っ気もない“標準語”?と呼ばれる、
東京弁モドキになってしまうのだが。

「美しい話し言葉」を残す、保存する、のは難しい。
何しろ、話者の“心性”そのものが変わり、
また、言葉が“心性”を構築していくのだから。
これから、地球上の人類のコトバは、どうなっていくのだろか。

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Old World Language Families,
by attanatta


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