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書籍『クレオパトラⅦの追憶』(デジタル版&アプリ版、発売中!)は、
2000年の時空を超える女と男の心理を丁寧に読み解き、
歴史の真実をあぶり出す、洗練された高貴で華麗な愛の物語。

クレオパトラⅦを追って、UPされたのが
『YOGA COSMIC SYSTEM 0・1の彼方へ 能力覚醒独習法』と
『般若心経&YOGA 四苦・八苦の彼岸へ』。
on tour 気分も味わいながら、舞台裏話へのご潜入を!

そしてon tourから、グ~ンとWARPして
YOGAと瞑想のブログ“Open! Mind & Body,”へ!!
2020.01.17

キアスム,chiasme

夜中に、「キアスム」という言葉? “音”? と、大きなとても美しい黒い瞳に
見つめられ、びっくりして目覚めた!
その目、瞳は、かつて感動の溜息とともに、一瞬の後に目を落としてしまった
驚きの、あの「目」であった! 世の中に、こんなに凄く美しい目が存在するんだ!!

それは、あるアラブの大使館主催のpartyで、
その溜息の出るほど、吸い込まれるような美しい目の女性は、
大使夫人であった。古代ペルシャのハーレムには、
数千人におよぶ美女が暮らしていたという。たしかに、権力と財力があれば、
美女collectionは垂涎の趣味にちがいない! そして、
♀×♀ couple というのも納得できる。
美しい存在を所有したいという欲求に、性別差はないだろう。

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Harem, Photo by juglar del zipa

大きなとても美しい瞳とともにやってきた「キアスム」って、なんだっけ?
朝、しっかりと目覚めてから、PC上で調べてみた。
『大辞林』第三版によれば、
「メルロ=ポンティの用語。見るものと見られるものが相互に可逆的に
侵蝕し合っている
状態。主体と客体の分離を乗り越えるための用語。交差配列
ということだ。なんて、ステキなんだろう!
大好きな“メルロ”の言葉は、夢にまで、ステキな瞳とともに、登場するのね!
今年は春から縁起がいい!


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Posted at 12:42 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2019.11.29

情報とは何か? 意識とは何か?

膨大な、天文学的桁数の情報が、溢れかえっている昨今である。
そこで、「かつて」「数日前」「数分前」に発信された情報は、
「もう、言ったでしょ。聞いていますよ、先ほど」ということになる。
挙句の果ては、「年寄りは前に言ったことを忘れて、また、何度も言う」という、
ことになる。たしかに、そうした場合も、少なくないだろう。
が、“しかし”と、思う。“fuga”なら許されることが、
高齢者の発言では、なぜ? Check out されるのだろう?

思考・想念の“流れ”とは、水の流れと同様で、同じ流れのように見えるが、
実に、千変万化である。思考・想念の“流れ”が、「情報の流れ」と同一視されると、
文化も文学も思想、哲学も、成り立たないのではないか? と思う。
水道の蛇口から流れ出す「水の態様」も、ほんの数分であれ、驚くほど異なった
迸りようをする。
「情報」もまた、stageやphase(位相)によって、千変万化の様相を見せる。
上に「情報内容」と述べたが、これは、思考・想念の“流れ”の公約数にすぎない。
だから、公約数では括れない部分を表現しようとすると、「さっき聞いた」「しつこい」と
いうような返答が来る。そうして、さまざま微妙な差異がskipされていく。これが、
3度も続くと、もう、沈黙に沈むしかない。そして沈黙に沈んだとき、
『ブレンナー峠を超えて ヨーロッパ芸術の光と影』に逃げ込む。
あの、ザルツブルグの陽光を思い出しながら。
ローマの光と、ウィーンの空気の重みを思い知らせる、分水嶺とも言える陽光。

ここ数年、「情報産業」に身を置き、ある種の情報処理をやってきた。それは、
時代・文化のtrend産業であるのかも知れない。が、ふと、「情報って、何だろう?」と、
あらためて思う。事物も風光も文化も想念も、「情報化」されることによって、
何か? もっとも大切な、“命”のようなものが、ヌケ・流れ去ってしまうような
気がする。そう! それは、あのザルツブルグの陽光、
そしてブレンナー峠の佇まいが嬉々として語る、
ローマ以前の歴史からの滔々たるvividな、人々の物語の、
全身の血液に殴り込んでくるようなimpact!  これは、
「情報」では決して伝わっては来ない! 「情報」って、何だろう?
「情報」と「意識」は、どんなtradeをするのだろう? と、あらためて思う。

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Innsbruck, Photo by Bernd Thaller


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Posted at 17:06 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2019.04.30

旅の魅力は、happening!

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何年たっても、鮮明にvividに蘇る“旅の記憶”は、魅力的だ!
それは、おおむねステキなhappeningである。
風景の美しさや、心地よくおいしいホテルやレストラン、洗練されたconcert……、
そうした記憶は、年月を経るにつれて色褪せてくる。
ところが「happening」は、何年たっても、何かのtimingでふと蘇り、
新たなる苦笑が噴出して、記憶はみずみずしく更新されるのである!

ウイーン市内で、東欧から出稼ぎの雲助タクシーdriverに、
日本語で啖呵を切って震え上がらせた話、
ローマの広場で5~6人の男に囲まれた時、スイッとしゃがみ込んで、
彼らの林立する長い脚の間をスルリと駆け抜けた話、
Nice guyをDiscoに誘って、その支払と彼らの足(車)提供とbarter交渉したり……。
互いにWIN×WINになれる頭脳戦こそが、何より爽やかで楽しい

海外個人旅行で、事件に巻き込まれるcaseは気の毒だが、
自ら原因を作っている場合も、少なくないように思える。
不運と言えば不運かも知れないが、
無意識のうちに、不運を呼び寄せているのかも知れない。それは、
意外性というアッケラカンとしたparadigmではなく、
どこか自身に驕りと、無防備があるのでは? そんな気がする。

Happeningというのは、偶然性であり、random性である。
だから、楽しい! だから相手方も、ふと、一瞬、楽しくなる!
これは、「無我の境地」ではなかろうか?


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Posted at 13:30 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2019.02.28

これは、スゴイ! 偶然性と運命

過日このblogで、「偶然性と運命」について述べた(→コチラ)。

そして今、たまたま『遊びと人間』(ロジェ・カイヨワ著、
多田道太郎・塚崎幹夫訳/講談社学術文庫)を読んでいて、
Oh! と思ったのでご披露しておきたいと思う。
この種の図書は、困ったことに、まずもって学校の
“推薦図書”には指定されないから、貴重情報としてfileしておくといいだろう。
特に教職者方には、ぜひともおすすめしたい。

偶然の遊びも、ある条件のもとでは、
普通は競争の遊びが独占している文化的重要性をもつ。」
幸運の誘惑は疑いの目で見られながらも、重要な役割――決定的に重要ではなく
派手な役割といった方がよいが――を保ち続けている――。」

これは、国営のごとく行われる“年末ジャンボ宝くじ”や公営の競馬や競輪などに
見られることで、フランス&英国などは達者である。が、日本においても、江戸期の
「富籤(とみくじ)」フィーバーぶりは、なかなか結構なものであったらしい。

そして、“いずこも同じか!?”と、吹き出してしまったのは、
「スポーツが、しばしば政府の助成金の対象となるのに対し、
偶然の遊びは、国家がこれを<国営のごとく>統制し、支配下におくかぎり
国庫を養う働きをする。
時には、偶然の遊びがスポーツの主要財源になっていることさえある。」
運は避難され、はずかしめられ、有罪とみなされながらも、
最も管理の行きとどいた社会において――――市民権を持つのである。」

うーむ、深いなぁ!

小学校低学年ごろの正月のこと。近所の友達の家では、親戚中が集まって、
熱気と異常な興奮の下に、麻雀・花札・トランプ・サイコロなどの部屋に分かれて
ご開張! 子供たちは子供部屋で、“お年玉”片手に「すごろく」をやっていた。
部屋の隅に置かれた食卓には、正月料理とその残骸と汚れた食器の山。

スゴイ!こんな世界があったのだ! そっと自宅へ戻り、
呆然としていた、記憶に残るお正月。その家の主も、年長者たちも、
夫婦そろって中央官庁の御役人であった!

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Photo by Daniel Dionne


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Posted at 13:26 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2018.11.21

予定調和という心地よさ&多様性

このところ、夜の9時台に、しばしばTVを観る。
もともとTVは、台風情報や地震情報、何か社会的な危険が起きている時くらいしか、
観ない。ひところ大学講座を見て、大いにありがたく勉強させてもらったが、
番組編成で都合が合わなくなってしまったので、あきらめた次第。

このところしばしば観るのは、その昔、制作・放送された作品の「蔵出し」が、
少なくない、ことに気付いたからだ。
Netの普及で、民放各社の広告収入は激減しているだろう。となれば、
新作をどんどん制作していく予算は取りにくい? と推測。すると、TV黄金時代の
アーカイブスの再放送は便利だ。第一、今どきTVを観るのは高齢者だし……。
そこで、長命番組(作品)の傾向に気付いた。「時代劇」である!
江戸庶民の生活風景だが、骨組は勧善懲悪「捕物帳」で、巧に現代社会を透かし見せる。
これは、実は、たいへん立派な哲学である、ということに気付いた!

直言すれば、奈良・平安の昔から、21世紀現代までのおよそ1300年間、
社会システムは大きく変わってきたように見える(中・高の歴史で習った)が、
それを運営する人々の、心性のメカニズムは、
本質的には、ほとんど変わっていないのではないか? だから、
犯罪のやり口(技術・方法)や、役人・為政者の生態は、
基本的レベルでは決して変わっていない!? IT犯罪が登場しても、
トドノツマリは、現金=マネーに換えられるのだ!
そして、昔も今も、犯罪には多く為政者側が関与している!
この、予定調和の落ち着きが、視聴者の心地よい安心感につながる?!
そそそっ! そんなぁ! と、驚くべきコトではない!?

自室を、キレイに整理整頓してみよう。なんとなく、肩が凝らない?
それに、「あっ! 探していたセーター、こんな所にあったんだ!」なんていう、
思いがけないヨロコビもナクナル。だから、
役人・為政者の悪いやり方や、犯罪者の手口に、
「アッタマいいなぁ! この手があったのか!」と、カンドーするのも
呆け防止には、大いに価値がある? のでは? だって、昔から
「キレイな水には魚住まず」って、言うでしょう。
生命の多様性、価値観の多様性なんだなぁ……、じみじみ。

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Photo by BristleKRS


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Posted at 15:59 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |